朝、私の隣で安らかに眠るHの顔を上から見下ろし、服を着替えて近所のマックに出かけた。
お腹がすいていた訳じゃない。
一刻も早く、Hの体液を体から一掃したかった私はトイレに駆け込み、昨夜の名残りがまだ残る陰部を、何度も何度も丁寧にビデで洗い流した。
Hなんかの子どもを、妊娠してたまるものか!!
寂しかったとはいえ、避妊もせずに彼にセックスを許した自分が、腹立たしかった。
トイレを出た後でコーラを買い、窓際の席で一服した。
愛もカネもない結婚がこんなに虚しいなんて、半年前は考えもしなかった。
「あと5年の命」だと言い、バツイチで子持ちの元風俗嬢に結婚を迫った男の情熱を、どうして振り払えただろう?
それが真っ赤な嘘だと知っていたなら、私は決してHとは結婚しなかった。
一人になった時、いつも思い出すのは浮気相手の彼のことだ。
まるで兄のように私を見守り、可愛がってくれる彼を、私は心から愛している。
けれど、彼と再婚することは考えられなかった。
だって私は、バツイチ子持ちの元風俗嬢で、しかも元オウム信者と結婚した女。
昨夜だって、Hと愛のないセックスにふけり、歓喜の声をあげたのだ。
愛すればこそ、浮気相手の彼を、私の汚れた人生に巻き込んではいけない。
身の程をわきまえないほど、私は馬鹿じゃない。
彼が星の王子様なら、さしずめHはゾウリムシ。
不特定多数の男に体を開いてきた肉便器には、元オウム信者で虚言癖のゾウリムシが、お似合いよ…。
5本目の煙草を揉み消して、私は家に戻った。
「ねこさま、どこに行ってたのもう!! 心配したよ」
「別に。マックに行ってただけよ」
「腹へったなぁ。起こしてくれたら、オレも一緒に行ったのに」
20円しか持ってないくせに!
私に食事をおごらせるつもりなのだろうか?
本当に、腹の立つ男!!
「昨日の宿泊代とセックス代くれたら、マックおごってやるわ」
「オレ、今日会社に行く電車賃もないんだよ! そんな意地悪言うなや〜」
「3万円。千円貸したるから、給料を前借してねこさまに3万円渡せ」
「何だよ、そのえらそうな言い方。ねこさまが来てって言ったから、6時間もかけて歩いて来たのに。そんなオレの気持ち、考えたことある?」
「うるさいな! 千円貸すから、さっさと仕事に行け!!」
アナスイの財布から千円札を一枚取り出し、ヒラヒラとHの前に投げた。
Hは慌てて千円札を大事そうに握りしめ、私を睨んだ。
「何や、その生意気な目は。ねこさまありがとうございます、って言え!」
「…」
「返事は? 返事がないんやったら、この千円は没収…」
「ねこさま、ありがとうございます」
深々と頭を下げて、Hは作業着のポケットに千円札を突っ込んだ。
千円札1枚に執着するHの意地汚い姿は、私を心底うんざりさせた。
後日、約束の3万円を支払ってもらう為に、新宿でHと待ち合わせをした。
ちょうどその日は、女性自身の記者と取材の打ち合わせがあった。
打ち合わせが終わり次第、Hに電話をかけることになっていた。
打ち合わせが意外と早く終わったので、予定の時間よりも少し早く、Hに電話をかけた。
すると…。
「今、人と会ってるから、動けない」
と言う。
何かが、おかしい…。
普段のHなら、私からの呼び出しにはストーカーの如く嬉々として、すっ飛んでくるはずなのに。
「誰と会っているの? その人と電話を代わって頂戴」
「無理だよ。今、マル公(注・公安)の奴と会ってるんだけど、こないだの『包丁妻』のイベントで、オレが上九一色村に埋められたミサイルのありかを知ってるって、ねこさまがバラしちゃっただろ? その話がネットで漏れて、ヤバい事になってるんだよ。だから、あれほどこの話は言うなって念を押したのに。オレ、マル公に説教されちゃったョ」
そう言えば、そんな話もあった。
ネイキッド・ロフトで行われた「包丁妻」のイベントで、確かに私はHが、上九一色村に埋められたミサイルのありかを知っているらしいという話をした。
だがそれは、Hの虚言癖の一例として、あくまでもギャグで話したのだった。
彼が、オウムの重大な秘密を握っているとは、到底思われなかった。
マル公と会っているという話も、多分嘘だろう。
この程度の与太話で、公安が動くはずがない。
「相手の人と、電話を代わって。じゃなきゃ殺すよ!」
「いい加減にしろよ! 無理だって言ってるだろ!!」
女だ!
頑なに電話を代わろうとしないHの様子から、私は直感した。
奴隷のくせに、私の他に女がいたなんて…。
結婚前に交際していた、元彼女のSさんだろうか?
それとも、新しい女でも出来たの?
心臓の鼓動が、急激に高鳴る。
電話を切ってから約10分後、ヒルトンホテルに渋々現れたHの財布から3万円を抜き取り、思いきりHを蹴った。
すぐに警備員が飛んで来たけれど、そんなの無視。
Hが着ていた偽ブランドのTシャッの襟刳りを掴み、ズダボロに引き裂いた。
怒りが止まらない!!
哀れにもHは、半裸状態になった。
これは、嫉妬なんかじゃない。
Hみずから「一生、ねこさまの奴隷になります」と誓ったのだから、筋は通してもらうよ。
「奴隷には、奴隷らしい格好がお似合いなんだよ!!!」
吐き捨てるように叫びながら私は、この歪な結婚生活が、既に破綻していることを悟った…。