大卒と言い張る高卒亭主の逆襲!!

「嘘つき野郎、殺してやる!!」


右手で包丁を握りしめ、嘘ばかりつくHの左腕に、憎しみをこめて一気に包丁を振りおろした。

とっさにHがよけたため、刃先はHの左腕を浅くかすった。

けれど、痩身のHは皮膚のすぐ下に血管があるため、動脈だか静脈を思いきり切っちゃったみたい。


ボタボタと血がしたたり落ちて、絨毯を赤く汚していく。


「ねこちゃん、落ち着いて!!」


水道の水で血を流しながら、Hが泣きそうな顔で私に哀願する。


「うるさい! 披露宴の時にみんなの前で、私を一生守るって言ったよな! 全然、約束守れてないやん。もっと痛い目にあわせたろか?」

「やめて…、すぐにお袋に電話して、お金を送ってもらうから!」


Hはすぐさま、血まみれの手で母親の携帯に電話をかけた。

事情を聞いた彼の母親すっかり動転し、急遽新居に駆けつけることになった。


「ねこちゃん、もうすぐお金届くからね。そしたら美味しいもの食べようね

血まみれの左手に軍手をはめて、Hはニコニコしている。

この男は、どこかおかしい。

普通、自分の女房が包丁を持ち出したら、大抵の男は逃げるだろう。

しかしHは、さっきの修羅場などなかったかのように、私のご機嫌取りに一生懸命だった。


電話をかけてから約2時間後、Hの母親が新居に到着した。

馬鹿息子のためにご苦労様です、お義母様。

もう1日半も食事を取っていない私とHは、早速彼の母親のおごりで、ファミレスで食事をすることになった。


キムチうどんをむさぼる私に開口一番、お義母様がおっしゃった。


「でも、あなたもいけないのよ。この子はこういう子やから、なんでこうなる前に、あなたが働かなかったの?

「いえ…、もうすぐ上九一色村に映画を撮りにいかないといけないし、500万円の定期預金もあると言われたので、私は彼を信じて安心しきっていました」

「この子は、まだマスコミで訳のわからん仕事をしよるん? 息子は高卒やけど、優しいところがあるからヘルパーの資格でも取って、きちっと就職したらいいと思うんよ」


え、高卒 

ヘルパーの資格?

Hは、●畿大卒の「ジャーナリスト」じゃなかったの?

ちらりと横目で彼を見たら、バツが悪そうにうつむいていた。


Hの母親に生活費として10万円をもらった帰り道で、私はHに訊いた。


「ねぇ、高卒だったの?」

「違うよ。●畿大学だよ。お袋は、ねこちゃんのこと試したんだよ。ねこちゃんが、学歴で男を差別する女かどうか


そんな試し方は、ちょっと不自然だろう。

私は、Hがまた嘘をついているのだと直感して、言った。


「もし高卒なら、正直に言ってくれていいんだよ。私の前のダンナも高卒だったけど、そんなの私は全然気にしないよ。学歴なんか、私本当にどうでもいいもん」

「ひつこいな! 大卒だって言ってるだろ! もういいよ」


取り乱したHの様子から、私はHがやはり高卒であることを確信した。

何故こんなにもHは、肩書きや学歴にこだわるのだろう?

私は、そんなものちっとも求めていないのに。


帰宅後、早速パソコンで●畿大学のホームページにアクセスした。

昼間部に、Hが「卒業」した学部はなかった。

そのかわり、通信教育部に、彼が「卒業」したという学部を見つけた。


私はHに、●畿大学のホームページを見せて言った。


「ほら、これ見てみ。あんたが『卒業』した言うんは、通信なんやろ。それさえ、ちゃんと『卒業』したかどうかも怪しいわ。それにしても、なんであんたは、いっつもつまらん嘘ばかりつくの?」

「あーハイハイ、通信でも何でもいいじゃん。ねこさまのおっしゃるとおりですよ。どうせオレのこと馬鹿にしてるんでしょ」

「はぁ? なに勝手に卑屈になってんの? 高卒でも気にしないって言ってるじゃん!」

「馬鹿にしてるんだよその態度が!!」


Hに怒鳴られて、私は一瞬ひるんだ。

ここまで学歴に固執する男を、私は見たことがない。

これまでに付き合ってきた男たちはみな、学歴などにこだわってはいなかった。

ミュージシャンやカメラマン、パチプロなど職業は様々だったけれど、お金が無くてもイキイキと夢を語る彼らの姿を、私は心から愛していた。


Hはイライラしたそぶりで、煙草をふかしている。

私にプロポーズしたとき、


「オレは肺気腫で、あと5年の命かも知れない」


なんて言ってたくせに、Hは病院に通うどころか、薬さえ飲んでいない。

痩せ気味ではあるけれど、健康そのものだ。

あと5年の命というのも、私の同情を誘うための演技だったんだろうか?


嘘まみれ!

そう思うと、急にHの全てが汚らわしく感じられた。


「おい、なに呑気に煙草ふかしてんのや。私は、あんたが肺気腫だって言うから、一緒に禁煙したのに!!」

Hから煙草を取り上げ、箱ごと2階の窓から投げ捨てた。

「何するんだよ!」

「うるさい、この大嘘つきが。また痛い目にあわせたろか?

「落ち着いて、ねこちゃん。ボクのこと、愛してるでしょ?」

「ふ〜ん。愛されてると思ってるんだァ。大嘘つきのくせに。それに、ねこちゃんって何だよ。気持ち悪い。ねこさまって呼べ!

「はい、ねこさま」

「ふふふ! あんたみたいな大嘘つきは、一生ねこさまの奴隷として生きればいいんだよ!!!」

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