「おい奴隷、世界で一番好きなのは、だーれ?」
「ねこさま」
「ふうん、二番目は?」
「ねこさま」
「三番目は?」
「ねこさま! ボクには、ねこさましかいないの!!」
「アハハ、やっぱりね! ねこさまも、そうじゃないかな〜と思ってたんだァ!」
こんな倒錯した愛の言葉を、毎日のようにHに言わせるようになったのは、いつからだろう?
Hの虚言癖やルーズな金銭感覚、そして学歴詐称が明るみになった頃から、私はHに、対等なパートナーではなく、私を崇める奴隷としての役割を強く要求するようになった。
さんざん私に嘘をついて、おまけに仕事もしないのだから、だんだんHを奴隷扱いしてもいいような気分になってきたのだ。
そしてHは、何故か奴隷の役割を、素直に受け入れた。
彼が私の言いなりになるたびに、私はゾクゾクするような快感を覚えた。
「この男は、私の崇拝者!!」
そう思うと、Hのダメ男ぶりにもかかわらず、彼がたまらなく愛おしくなった。
たまに、惰性でセックスする時も、私は目を閉じて、別の男に抱かれる夢想をしていた。
そんな私の様子に、Hは気づいていたはずなのに。
どうしてHは、別の男を恋い、包丁まで持ち出した私の奴隷になり下がれるんだろう?
「ねぇ、どうして、ねこさまみたいな凶暴な女と一緒にいるの?」
「だってオレ、元オウムだから。オレを本当に受け入れてくれたのは、ねこさまが初めてなんだよ」
「でも私、バツイチで子どももいるし、風俗嬢だったんだよ? なんで、私なんかを愛せるの?」
「オウムに比べたら、風俗嬢なんて何でもないよ。オウムは、サリンで人を殺したんだ」
「でも、あんたが殺した訳じゃない…」
「似たようなもんだよ。世間から見たら、オレも麻原も同じだよ。オレ、ずっとそんな目で見られて来たから」
「そんなことないよ。あんたは、私には大切な人だよ。私みたいな、汚れた女を愛してくれて」
「そんなふうに、自分を下げるなよ。オレは、ねこさまを愛してるよ」
互いの傷を舐めあうように、私とHは依存しあっていた。
これは、愛じゃない。
それは分かっていたけれど、過去の恋愛や風俗経験でさんざん、男たちに奴隷のように扱われた私にとって、Hの存在はある意味では癒しだった。
披露宴の約1ヵ月後のある日、Hの女友達から「結婚祝い」の品が届いた。
小包を開けると、中にはピンク色の封筒に入った手紙と、渋い伊万里焼の夫婦茶碗が入っていた。
小包はH宛てで、手紙には「Hちゃん、結婚(?)おめでとう!」と書かれていた。
小包の宛名が連名ではなかったことと、手紙の「?」マークに、私は激怒した。
「おい、何やこの女。なんで手紙に、クエスチョンマークが付いとんのや。それに妻である私への祝いの言葉、一切書いとらんやないか、この糞アマ! 電話して文句言うたる!!」
「やめて、ねこさま! この人を敵に回したらオレ、マスコミで仕事出来なくなる!!」
「仕事なんか、しよらんやん! 電話したる!」
私はHの制止を振り払い、女に電話をかけた。
「もしもし、私、Hの家内ですけど。先日は本当に素敵なお品物を、どうもありがとうございました!」
慇懃無礼な言葉遣いで女に電話をかけ終わった直後、私は手紙をライターで燃やして、夫婦茶碗を2階の窓から外に放り投げた。
地面に叩きつけられた夫婦茶碗は、派手な音を立ててぶざまに割れた。
渋い色の伊万里焼が、めちゃくちゃだ。
次に私は、Hの頭を思いきり蹴った。
「何やの! あんな常識のない女が、そんなに大事か! 今すぐ、ねこさまに謝って!!」
納得のいかない顔で、Hは無言のまま私を睨んだ。
「謝れ!! 謝らんのやったら、包丁で刺すよ!」
私がキッチンに向かおうとすると、Hは背中から、私の体を羽交い絞めにした。
「わかったよ、ごめん、ごめんなさい」
「土下座して謝って!」
Hは土下座して、「ねこさま、ごめんなさい」と謝った。
Hの体が、かすかに震えている。
うなだれたHの頭を再び蹴って、私は悲鳴のように叫んだ。
「あんな非常識な女と、二度と関わるな!!」
「はい」
消え入るような声で、Hが言った。
苦い思いが、全身を駆けめぐる。
けれど、男を力で操る快感を覚えてしまった私はすでに、包丁妻であることをやめられなかった。
手にした包丁を振り下ろし、Hのポロシャツに、シャッと切れ目を入れる。
買ったばかりのシャツが、台無しだ。
哀れなHの姿を見ていたら、自然と笑いがこみあげてきた。
この男には、何をしたっていいんだ!!
「あんたには、こんな格好がよくお似合いですよ!」
まるで女王様のように高笑いする私はもう、普通の妻には戻れなかった。