夫に殺されかけ、とうとう家出決行!

もう、やってらんない!!

仕事もせずに金もなく、嘘ばかりつくこの小汚い男とこれ以上一緒に暮らすなんて!

このままじゃ、私の人生が狂っちゃう。

友達が送ってくれた食料を深夜一人で食べながら、私はHとの別れを心に誓った。


一生、彼とやっていくと心に決めたはずなのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう?

これまでにブログで書いた「包丁妻の日記」を読み返しながら、私はたまらなく寂しい気持ちになった。


隣の部屋では、すでにHが布団の中で寝息を立てている。

愛憎入り混じった気持ちで、私はHの胸に、そっと寄り添った。

何故そんなことをしたのか、自分でも分からない。

眠っているとばかり思っていたHが、うすく目を開けた。


しばしの沈黙の後、Hが訊いてきた。


まだ、オレを愛してる?


唐突なHの問いかけに、私は戸惑った。

彼とは絶対に別れようと思っている。

だけど、こんなに寂しい言葉を聞いてしまったら…、心が揺らぐよ。


「…分からない」


と、私は答えた。

だって、本当に分からないから。

けれど、一時の感情に流されてはいけない。

冷静に考えたら、生活力のないHとの結婚が破綻するのは、目に見えているのだから。


「包丁妻の日記」を書き始めてからというもの、オウム関係者らからは、次々とHの情報がメールで届いた。

それらの大半は、いかにHが金にルーズで、無責任であるかを綴ったものだった。

なかでも私が一番激怒したのは、昔Hにオウム信者の婚約者がいて、彼と入籍する4日前に熱狂的な信者達によるリンチで撲殺されたとのタレコミだった。


Hに暗いトラウマがあったことよりも、私よりも前に入籍まで考えた女性がいた事実がショックだった。

「オレを本当に受け入れてくれたのは、ねこさまが初めて」だなんて言ってたくせに!

たとえ過去の話だろうが、既に女が死んでいようが、私が彼の一番じゃないなんて絶対許さない!!!

急に女のことを思い出した私は突如怒り狂い、だらしなく眠るHを思いきり蹴った。


「痛い! ねこさま、どうしたの!?」


不意打ちの蹴りに驚いたHが、飛び起きた。


「おいお前、昔入籍しようとした女がおったんやてなぁ。さぞかし、愛してたんやろねぇ。もちろん、セックスもタップリ濃厚なのを、バンバンしたんやろな〜? 私より、気持ち良かった? どうせ私は、死んだ女の代わりなんやろ!!」

「何言ってるの、ねこさま! 昔の話だよ、セックスなんかしてないし、教団を辞めたがってたから、助けてやりたくて同情から結婚しようとしただけだよ!」

「嘘つくなや! 同情で結婚まで考える訳ないやろ! 愛してたんやろ? セックスもしたんやろ? 正直に吐け、嘘つき野郎!!」

「いい加減にしろよ! 昔の話だって言ってるだろ!」


必死で言い訳するHに、私はさらに追い討ちをかけた。


「昔、その女にも指輪買うたんやろ? 要らんわ、こんなモン!!


Hがローンで買った婚約指輪と結婚指輪を左の薬指から外し、散乱した部屋に別々に放り投げた。


「ああっ、何するのねこさま!!」


Hはすっかり狼狽して床に這いつくばり、私が投げた指輪を血まなこになって探している。

その必死で哀れな彼の姿を見て、ようやく私は満足した。


「フフフ。そんなに、あの指輪が大事? 5分以内に2つとも見つけたら許してあげる」

「…ねこさまには浮気相手がいるから、もうオレの指輪なんて要らないんでしょ?」

「うるさい! 5分で見つけなきゃ離婚だからな!!」


Hの必死の捜索によって、指輪は2つともすぐに発見された。


「またあんなことされたら嫌だから、もうねこさまに指輪は渡さない。オレが預かっておく


Hは2つの指輪を大事そうにジュエリーボックスにおさめて、決して私に渡そうとしなかった。

そんな頑なな彼の姿を、あの時の私は「」だと信じていた。


一週間経っても、Hは私に指輪を返してくれなかった。

彼は、ちゃんと指輪を保管しているのだろうか?


最近のHは、急に仲間達と会う回数が増え、「取材」と称して夜遅くまで飲み歩いている。

ま、まさかあの指輪を…。

最悪な予感が頭をよぎる。

Hが眠っている間に彼のカバンを物色したら、案の定、質屋の預り証が出てきた。


合計50万円の婚約指輪と結婚指輪は、たった4万円のカネに換えられていた。

悲しみが頂点に達すると、涙も出なくなることを私は知った。


深夜、酔っ払って帰宅したHに質屋の預り証を見せ、冷静な態度で離婚話を切りだした。


「絶対に離婚したい。慰謝料は要りません

「お前、本気でオレと別れる気? オレ、人の殺し方知ってるよ」


Hは不気味に笑い、私の首を絞めた。すごい力! 

彼の指先が、だんだん首に食い込んでくる。


「誰か助けて! 殺される!!」


ありったけの声を振り絞って叫んだら、ようやくHは、首から手を離してくれた。


「冗談だよ、ねこさま。でも、オレが人の殺し方知ってるのは本当だよ。オレ、麻原の警護やってたからサ、クククク


Hの瞳孔が開いている!

これ以上、この男と一緒にいたら、いつか必ず殺される!!!


翌朝、私は図書館に行くふりをして、市役所の生活相談課を訪ねた。

担当の男性に、私の生い立ちからこれまでのHとの生活を詳細に尋ねられたので、昨夜Hに首を絞められたことも話した。


どうしてもHと別れたいと訴えたら、婦人相談員のMさんを紹介された。

Mさんは私に、家を出て一時的に女性保護シェルターに避難することを勧めた。


「いい? 家出するそぶりは絶対に見せずに、必要最小限の荷物だけ持って出てくるのよ」

「わかりました」


忘れもしない2005年3日1日、私は買い物に行くふりをして、ついにHのマンションから去った――。

披露宴から、わずか2ヶ月足らずの出来事だった。

<<BACK>>